東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11464号 判決 1971年5月20日
原告 日の丸工業株式会社
右代表者代表取締役 安藤孝三
右訴訟代理人弁護士 田之上虎雄
同 黒田節哉
被告 大日本機械工業株式会社
右代表者代表取締役 鷹取米夫
右訴訟代理人弁護士 吉永多賀誠
被告 三菱自動車販売株式会社
右代表者代表取締役 井口史郎
右訴訟代理人弁護士 仁科康
同 池田映岳
主文
①原告の請求を棄却する。
②訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
①原告に対し、被告大日本機械工業株式会社は金三〇〇万円、被告三菱自動車販売株式会社は金二〇〇万円および右各金員に対し昭和四三年一〇月一八日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
②訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決を求める。
第三請求の原因
一 原告は、宅地建物取引の仲介を営む会社である。
二 原告は、昭和三九年夏頃、被告大日本機械工業株式会社(以下被告大日機と略称する)より左記の各土地(以下本件土地と略称する。)の一括または分割による売却方仲介の委託を受けた。
1 東京都葛飾区新宿町二丁目一五五五番ないし一五七三番
同 一五八一番
(以上の各土地を以下物件一と略称する。)
2 東京都葛飾区新宿町四丁目八三番ないし八七番
(以上の各土地を以下物件二と略称する。)
3 東京都葛飾区新宿町四丁目八八番ないし九四番
同 一一〇番ないし一一四番
(以上の各土地を以下物件三と略称する。)
三 原告は、一方では右の各土地の売却を容易ならしめるため、被告大日機に対し、右土地中の借地部分の所有権を被告大日機側であらかじめ地主より貰い受けておくよう助言し、融資先として住友銀行人形町支店を紹介してその買い受けを実現させ、他方では被告大日機と随時連絡を取りながら、自らあるいは訴外日本地所株式会社等の同業者を通じて右の各土地の買主を求めるなど取引実現のため努力し、その結果、訴外東京菱和自動車株式会社を通じて被告三菱自動車販売株式会社(以下被告三菱自販と略称する。)が買い入れを希望していることを知り、その旨被告大日機に報告した。
四 原告は、昭和四〇年三月二四日頃被告三菱自販より、同社総務部調度課長児玉三衛を通じ、右各土地の一部の買入方仲介の委託を受けた。
五 原告は、被告両会社間に立って本件土地売買の成立のため仲介を続け、その結果、被告両会社間において右土地中の前記物件三につき売買契約締結の話が進行した。
しかるに被告両会社は、昭和四二年六月二一日に至って突然に原告の仲介を排除して、原告の斡旋で売買の話し合いが進行していた前記物件三の土地と異なる物件二の土地について、被告両会社の直接取引により代金一億一三三九万円をもって売買した。
六(一) 被告両会社間の右売買契約は、原告の仲介の結果として成立したものであるから、原告は後記報酬の全額を請求しうる。
(二) 仮に右売買契約が原告の仲介によるものと言えないとしても、それは被告らが故意に原告を取引関係から除外し、原告による仲介を妨げたためであって、報酬請求権発生の条件を妨害したことになるから条件成就と看做され、原告は報酬請求権を有する。
(三) 以上の各主張が認められないとしても、被告両会社が原告を本件取引関係から排除して仲介を完遂させなかった結果、委任者の責に帰すべき事由によって、原告の仲介義務は履行不能となったものであるにすぎないから、原告は報酬請求権を失わない。
七(一) 被告両会社は、原告に対して本件土地売買仲介を委託するに際し、原告との間で東京都知事告示の仲介報酬額の最高額を原告に支払うとの明示または黙示の合意をなした。
(二) 仮に右の主張が認められないとしても、東京都において宅地建物取引をなすに際しては、仲介委託者は宅地建物仲介業者に対して東京都知事告示の前記最高報酬額を支払うとの商慣習が存在する。
(三) 以上の各主張が認められないとしても、商法第五一二条に基づき、原告は被告両会社に対して相当な報酬額である東京都知事告示の前記最高報酬額の支払いを求め得る。
八 よって原告は、前期最高報酬額の範囲内で、被告大日機に対しては金三〇〇万円、被告三菱自販に対しては金二〇〇万円および右各金員に対し訴状送達の翌日である昭和四三年一〇月一八日以降完済まで商事法定利率の範囲内である年五分の割合による損害金の支払いを求める。
第四請求原因に対する認否
(被告大日機)
一、第一項は不知。
二、第二項中、原告に対して物件三の土地の売却方仲介の委託をなした事実を認め、その余の事実を否認する。
三、第三項中、原告が被告三菱自販を土地の購入希望者として報告してきた事実は認める。
その余の事実は不知。
四、第四項は不知。
五、第五項中、原告主張の日時に被告両会社間で物件二の土地を原告主張の代金で売買した事実は認め、その余の事実は否認する。被告大日機が原告に対して物件二の土地の売却方仲介を委託した事実はないから、物件二の土地の売買について原告の仲介を排除したとの原告の主張には理由がない。
六 第六項の(一)のうち本件売買契約が原告の仲介によるとの点および(二)のうち被告らが故意に原告を取引から排除したとの点は否認する。その余は争う。
七 第七項の(一)、(二)は否認する。同(三)は争う。
八 第八項は争う。
(被告三菱自販)
一、第一項は不知。
二、第二項は不知。
三、第三項は不知。
四、第四項は否認する。
五、第五項中、原告主張の日時に被告両会社間で物件二の土地を原告主張の代金で売買した事実は認め、その余の事実は否認する。
六、第六ないし八項に対する認否は被告大日機に同じ。
第五、証拠≪省略≫
理由
一 ≪証拠省略≫によれば、被告大日機は昭和三八年頃より経営改善のために同被告の工場、敷地であった本件土地の売却を検討しており、仲介依頼のため不動産仲介業者を探していたが、同年夏頃従来から取引のあった訴外国民相互銀行の竹町支店において、同支店長岩楯守より、宅地建物取引の仲介を営む会社である原告会社の営業上一切の権限を有する職員である訴外奥石茂一を紹介され、その場において本件土地売却の話しが出たこと、その後間もなく右奥石が被告大日機を訪れ、その際に同人が原告に対する同被告の本件土地の売却方仲介の委託を受けたことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。
二 原告は、被告三菱自販が原告に対し本件土地買取方仲介を委託したと主張するが、本件全証拠によっても右事実を認めることはできない。すなわち≪証拠省略≫によれば、原告および原告と事業上協力関係にあった訴外日本地所株式会社が訴外東京菱和自動車株式会社を通じ、被告三菱自販に本件土地売込みをはかったこと、右東京菱和自動車株式会社が被告三菱自販に右土地を買取らせたうえ、これを営業所敷地として同被告から賃借しようと計画し、その旨被告三菱自販に頼みこんだこと、その結果被告三菱自販営業部より同社調度課長児玉三衛に対し、訴外日本地所株式会社を仲介者として本件土地売買を進めるよう連絡があったことを認めることができ、また≪証拠省略≫によれば、被告三菱自販の児玉三衛らが現地調査のため本件土地に出かけた際、訴外日本地所株式会社が現地案内を行なったこと、およびその際右児玉三衛が始めて原告会社の奥石茂一と会って名刺交換を行なったことを認めることができ、≪証拠省略≫によれば、その後被告両会社間で物件三の土地につき売買の話が進行し、売買契約書の案文を作成するまでに至ったが、右案文は訴外日本地所株式会社が原稿を作成し、それを被告大日機が書き写したものであることがそれぞれ認められるが、以上の認定事実をすべて総合しても、原告と被告三菱自販との間に明示または黙示の仲介委託関係が存在したと認めることはできない。≪証拠判断省略≫
三 被告両会社間において昭和四二年六月二一日に原告除外のまま物件二の土地を代金一億一三三九万円で売買したことは、原告と被告大日機の間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告は被告三菱自販に対し前記のように売込みをはかり、同被告の関係者が本件土地の調査に臨んださい、訴外日本地所株式会社の職員に奥石が同行し、またそのほかに在大阪の訴外松下興産株式会社副社長を本件土地に案内して、同社に対する本件土地の売込みを策するなど、種々の仲介行為をなした事実を認めることができる。そこで原告の右仲介行為と被告両会社間の物件二の土地の売買契約との間に因果関係が存在するかどうかを以下に検討していく。
≪証拠省略≫によれば、被告両会社間の物件三についての売買の話は結局不調に終ったことおよびその後原告が被告両会社間の交渉の再開続行についてなんら策を講じなかったことが認められるが、その理由および時期は右の各証拠によれば以下のとおりである。
1、物件三の土地中には原告が第三者から借地している部分が存在し、その部分を所有者から被告大日機側であらかじめ買い取っておく必要があったが、税金面の問題や地主との交渉など問題が多く、早急に解決される見込みがなかったこと。
2、被告大日機の代表取締役であった山本修二が病気のため昭和四〇年一一月に同会社を退社したことおよび同会社の総務、経理、財務を総括する地位にあり、物件三の土地売却の折衝にあたっていた管理部長村主行信が、昭和四一年二月に同会社を退社したこと。
3 被告三菱自販では物件三の土地を購入したら、訴外東京菱和自動車株式会社に貸与する計画であったが、訴外会社の経営状態が悪化したため、同会社が右土地利用の希望をすてるに至ったので、結局昭和四〇年一一月頃、右計画は取り止めになったこと。
4、被告三菱自販にあって物件三の土地の購入の交渉にあたっていた調度課長の児玉三衛が、昭和四一年五月頃に調度課長を交代したこと。
一方≪証拠省略≫を総合すると、被告三菱自販が被告大日機から物件二の土地を買受けたのは、被告三菱自販の子会社である訴外台東三菱自動車株式会社から、昭和四二年春頃同社営業所の敷地を被告三菱自販において購入のうえ、右訴外会社に貸与されたい旨の依頼を受け、被告三菱自販常務取締役森某ほか三名が現地調査に臨んだ折に、たまたま調査対象物件と道路を隔てた反対側に売地と看板の立っていた物件第二の土地を発見し、従来から取引のあった宅地建物取引業者である有限会社三興住宅に仲介を依頼し、同会社の仲介斡旋により、被告両会社間に本件売買契約が成立したものであることが認められる。
右各認定の事実関係からすれば、本件売買契約は原告の仲介行為と関係なしに成立したものであって、両者の間にいわゆる因果関係は存在しないというほかはない。
四 原告は被告大日機が故意に原告を取引関係から排除し、仲介を妨害したと主張する。しかし排除あるいは妨害を主張し、もって報酬請求権ありとするには、(1)排除あるいは妨害にあたるとされる行為、すなわち本件においては被告大日機が原告の関与なく本件売買契約を承諾した行為さえなかったならば、原告の仲介行為に因って所期の契約が成立したであろうとなし得る場合でなければならず、かつ(2)被告大日機が右契約の成立を妨げ、もって仲介報酬支払義務を免れようとする意図を有する場合でなければならないが、右(1)(2)にあたる事実は本件全証拠によってもこれを認めることができないから、結局被告大日機に右排除あるいは妨害の事実ありとすることはできない。
五 つぎに原告は原告の本件仲介契約上の債務は被告大日機の責に帰すべき理由によって履行不能になったと主張する。なるほど被告両会社間の売買契約の成立により、原告の被告大日機に対する仲介義務は対象物を失い、一見履行不能となったかのように見えないことはない。しかし右売買成立にさいし、同被告が原告を排除し、あるいは原告の手による売買契約の成立を妨げる意図を有したと認められないことは既述のとおりであるし、また一般的にいって、宅地建物取引業者に対し仲介の委託をした顧客は、同一案件につき、当該業者の仲介によらない方法で契約を締結してはならないとの不作為義務は存在しない。たとえば、ある売主が一箇の物件について数人の宅地建物取引業者に個別に仲介を依頼することが少しも違法視されることなく、正常な取引として業界に行われていることは公知の事実であって、このことからしても右の不作為義務が一般的には存在しないことは明らかである。従って、被告大日本機械が物件二を原告の関与なしに被告三菱自販に売却した結果原告の仲介義務が履行不能になったとしても、これをもって被告大日本機械の責に帰すべき事由があるということはできない。
六 以上の説明で明らかなように原告の被告大日機に対する各請求は(1)成立した売買契約と原告の仲介行為との間に因果関係がなく、(2)同被告が原告を取引から排除し、仲介の成功を妨害した事実もなく、(3)原告の仲介義務履行不能について同被告の責に帰すべき事由も存在しないから、いずれも理由がなく、また被告三菱自販に対する請求は同被告の原告に対する仲介委託の事実自体これを認めることができないからやはり理由がない。よって原告の本件請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石川義夫)